子供の書いたとんかつの絵   

おしゃべり広場(2006年1月)         ●過去のページ一覧へ



 障害児のいる生活で起こるあんなこと、こんなこと、落ち込んだこと、嬉しかったこと、腹がたったこと、それ以外にも、おすすめの場所、感動した本、ここは、何でもありのおしゃべり広場です。
 遅ればせながら、あけましておめでとうございます! 今年も「おしゃべり広場」をよろしく! 2002年10月にスタートしたおしゃべり広場・・・、4年目を迎えます。今回は、最初に登場してくれた「くわ」さんが久しぶりにおしゃべりを寄せてくれました。ありがとね!

☆ある母親のぼやき(2006.01 くわ)
☆サンタは何歳まで来るの?(3)(2005.12 RYO)
☆経験の力(2005.12 RYO)
☆記憶の風景(2005.12 RYO)
☆おお、すごい!(2006.01 RYO)


ある母親のぼやき

 今年は、障害児である上の子の進路先決定と、中学生である下の子の高校受験が重なると、何年も前からわかっていた。とても忙しいだろうと覚悟していたはずだった。
 しかし、実際に始まると予想以上に忙しい。障害児の方は仕方ないと思っていたが、自分の考えで進学先の学校を決めてほしいと願っていた下の子までが、自分の意志があるんだかないんだか…。他の知り合いに相談すると、今時の中学生ってそんなものだそうな。でも、振り返ってみると、自分の受験時もたいした理由で決めた訳ではないので、人のことはえらそうに言えないが。

 そういう時にはアクシデントも起こるもので、同居する家族の病気という予想外の事態に、私は文字通りてんてこまいしていた。ただ、“いくら忙しくてもやれることはやっておきたい、後で後悔したくないから”と思い、その思いと比例して私のスケジュール手帳の書き込みは増していった。
 さて1月。上の子は結果待ちのまな板の上の鯉状態、下は受験本番をひかえ、気が抜けない日々が続いている。わんぱくの会員内でも、子どもの進路の決定待ちあり、兄弟姉妹の受験ありといろいろ。今の時期、悩める親のぐち?あるいは相談めいたものが、あちこちで聞かれる。早く心からのおめでとうを言いたいものだが。 (2006.01 くわ)


サンタは何歳まで来るの?(3)

 障害児の長男は、20歳になったらお酒を飲むことを楽しみにしていた。次の日がお休みの時にだけお酒を飲んでもいいことにして、早速ビールを試してみた。我が家は、両親ともお酒は飲まないので、一缶のビールを3人で分ける(何て、経済的!)。エビスをはじめいくつかの銘柄を試してみたが、彼の印象は「にがい、まずい」。で、次にチューハイを試してみた。これは、まあまあ。こちらもいくつかの銘柄を試して、果汁の比較的多いものに落ち着いた。(両親は、チューハイよりただのジュースのほうが格段においしいと思いつつ、つきあっているのだが・・)

 で、いつもなら誕生日が終わった頃からクリスマスが気になる長男が、今年はお酒のことがあったせいか、サンタのことをなかなか言い出さない。「どうしたのかな」とダンナと話しつつ、黙って様子を見ていると、12月近くになって、とっても控えめに「そろそろサンタに手紙書かなー」と言い出した。誰もサンタのことを言ってくれないから、仕方がないから自分で言い出した、と言いたげな様子だった。「もう大人じゃないの?」といわれると、「今日は店長に、「まだ子どもやな」と言われた。」と、自分がまだ子どもであることを主張する。「サンタさん、今までありがとう。でも僕はもう自分でお仕事しています。クリスマスプレゼントは他の子ども達にあげてください。」と手紙を書いたら?と提案してみたが、気に入らないようだ。未成年だから、とお酒の味見を決してさせてもらえない弟は、この点では手厳しい。「兄ちゃん、お酒飲むときは大人で、クリスマスは子どもなんて、そんな勝手なことはあかんねんで!」と釘を刺す。

 どうするのがいいのか? ダンナと私は何度か話をした。このまま、ずっとサンタがやってくることも、もちろん可能だ。もし私達に何かあったとしても、そのときは弟が続けてくれるだろう。でも、それでいいのだろうか? 色々考えた結果、お酒も飲んで、選挙にも行って、もうすぐ成人式にも出る大人なのだから、もうサンタさんにお願いするのはおしまいにしよう。そのかわり、今年は、家族でプレゼント交換をしよう、と提案した。なかなか「うん」と言わなかったけれど。

 それでも彼はずっと期待していた。もしかしたら、やっぱり本当のサンタが来てくれるのではないかと。だから、彼の希望通り(彼は、両親からのプレゼントを綺麗にラップして、クリスマスの朝枕元においてほしいと希望した)、枕元に置かれたプレゼントが、サンタからではなかったことが、本当に悲しかったようだった。プレゼント自体はとても喜んでいたが。

 こうして、今年のクリスマスは終わった。20年間、彼の希望するプレゼントを探して、彼に見つかることなく入手して、クリスマスの朝、枕元に置くのは、私達にとってまるで楽しいゲームのようだった。彼が、目を輝かせてサンタの話をするのを聞いたり、クリスマスの朝、彼が意気揚々とプレゼントをあける様子を見るのは、本当に大きな喜びだった。サンタでなくなってしまうことはとてもとても寂しいけれど、楽しいかけがえのないたくさんの思い出は、それこそが本当のサンタからのプレゼントなのかも知れない。(2005.12 RYO)


経験の力

 知的障害のある長男と一緒にジムに通っている。彼は、数字は特に苦手で、1+1も、抽象的にはわからないし、12(ジュウニ)が12なのか21なのかもきちんと理解していない。でも、靴箱と番号札をあわせることはできる。私は、これが生活力なのだと思っている。

 ある日、靴箱がわからなくて、ひどく困った、と彼が言った。靴箱の前でずっとさがしていたら、「どうかしましたか?」と聞いてくれる人がいて、教えてもらった、とのことだった。靴箱には、2桁の数字には2つの数字が印刷されている。ところが、紛失したせいか、一部の番号札は2桁の数字に対して3桁の数字が刻まれている。彼は、「25」の靴箱と「025」と書かれた番号札を合わせることが出来なかったのだ。

 こんな小さなことが、つまづきの原因になる。次にジムに行った時に、彼が、番号札が3桁の場合、他の靴箱を探すのを見て、ちょっと可哀想になった。ところが、それから半年ほどたった頃、彼が3桁の番号札を迷わず使っていることを発見してビックリした。

 経験を積み重ねることは、こんなにも確かな力になる。彼の可能性は、これからも広がっていくに違いない。 (2005.12 RYO)


記憶の風景

 テレビの旅行番組でビクトリアの滝を紹介していた。それを見ながら、「そういえば、ナイアガラには行ったことがあるけど、覚えてる?」と次男に話しかけた。昔、少しだけアメリカに滞在していたことがあり、その時に日本から来た両親も一緒にナイアガラに旅行した。次男は6歳だった。「6歳やったから、覚えてないかもね。」というと、「覚えてんで。」という返事が返ってきた。彼いわく、「そやけど、滝より何より、滝に行くまでの道の方がずっとよく覚えてる。何か知らんけど怖そうなものがいっぱいあって、あの道を通るのがいやでいやでしょうがなかったんや。」

   ナイアガラの滝は、完全に俗化した観光地で、おみやげ物屋さんはじめ、おばけ屋敷や恐竜館、3D体験館とか、わけのわからないアトラクションがひしめき合っていた。 次男は、おばけや恐竜のたぐいは大嫌いな子だった。冗談で「さあ、(おばけ屋敷に)はいろう!」とか言って手を引っ張って怖がらせていたことなど、こちらはすっかり忘れていた。

 同じところを旅行して、同じ経験をしているようでも、それぞれの記憶に刻まれた風景はこんなにも違うのだ。ちょっと面白い。 (2005.12 RYO)


おお、すごい!

 晴れた日の昼下がり。二人の子どもを前と後ろに乗せた自転車を押して橋を渡るお母さんがいた。ああ、私も、昔は、長男と次男を自転車の前後に乗せて、保育所に通ってたなあ、とか思い出して目を留めた。橋の真ん中まで来て、道が下りになると、お母さんは自転車に乗った。土手なので、歩いていても押し返されるくらい、風が強い。なんと、そのお母さんは、子どもを前後に乗せた自転車を片手で操りながら、もう一方の手で携帯電話を操作しはじめた。多分メール。おお、すごい!と思った。すごいけど、危険もすごいから、やめたほうがいいよね、やっぱ。(2006.01 RYO)