子供の書いたとんかつの絵   

おしゃべり広場 (2003年4月)        ●過去のページ一覧へ



 障害児のいる生活で起こるあんなこと、こんなこと、落ち込んだこと、嬉しかったこと、腹がたったこと、それ以外にも、おすすめの場所、感動した本、ここは、何でもありのおしゃべり広場です。皆様のおしゃべりをお待ちしています。
 今回はRYOの独壇場です。みんな、おしゃべりに参加して〜!

☆雪国教室にて(2003.04 RYO)
☆卒業の季節に想う(2003.03 RYO)


雪国教室にて

 毎年3月、養護学校の雪国教室に参加する。今年で4回目。2日目の夜に保護者の懇親会がある。今年新しく参加されたお父さんのご挨拶。「妻は病気で亡くなり、父子家庭。息子は、自閉症だけれど人懐っこく、みんなに愛され、かわいがられてここまで成長した。目黒区は、学童保育が障害児は6年まで見てくれる。学童では、毎年キャンプがあり、それに親子で参加するのを楽しみにしていた。卒業して、キャンプがなくなったのを残念に思っていたが、雪国教室がある、と聞いて早速参加した。」こんな話を聞くと、なんとなく嬉しい。長男の通った学童保育でも、障害児も健常児もごく自然に生活していた。これが特別なことではなく、どこでもあたりまえの事になることを願う。  (2003.04 RYO)

卒業の季節に想う

 卒業の季節である。2年前、我が家の長男も養護学校中等部を卒業した。と思ったら、もう高等部3年、時のたつのは早い。中学卒業の時のことを紹介したい。

 長男は、中学3年の2学期から先生の勧めとサポートで、それまでのスクールバスによる通学をやめ、一人通学に挑戦していた。バスと電車を乗り継いで、駅から15分ほど歩いて学校に向かう。一人通学をはじめてしばらくすると、彼は嬉しそうに報告した。「おまわりさんが、「おはよう」って挨拶してくれるねん。」 小さな子供と同じで、彼もおまわりさんや消防士さんが大好きである。彼がおまわりさんに挨拶する姿を想像して、私たちはなんだかとても嬉しくなった。

 卒業がちかづいた2月、彼は「このごろ、おまわりさんがいてない。」と報告した。どこか他の交番に異動されたのかも知れない。彼がおまわりさんと挨拶することをとても楽しみにしていたこと、もう卒業してしまうこと、私たちがたいへん感謝していることを、何とかおまわりさんに伝えたいと思った。

 卒業式のあと、駅までの道を歩いて、私たち(両親と長男)は、その交番に立ち寄った。わんぱくで売っているチョコレートを持って。伝言を頼むだけでいいと思っていたが、なんとそのおまわりさんは、その交番にいらした。勤務時間が変わられただけかも知れない。長男は「卒業します。ありがとうございました。」と挨拶した。おまわりさんは「そうか、卒業か。おめでとう。最後の挨拶になるね。」と敬礼をして下さった。長男はとても嬉しそうだった。

 子どもに声をかけてくださる方がいるのは、とても嬉しいことだ。知的障害があって初めて公務員に採用された方のお母様の講演記録に、「自閉症でコミュニケーションが苦手でも、一番大切な「おはよう」という挨拶を教えたい。家で100回教えるより、100人の人に声をかけてもらったほうがいいのではないか、と近所の人にお願いした。1回では無理でも、あきらめないで何回も声かけしてくださいと。そして挨拶ができるようになった。」と記されていた。素敵なことだと思う。挨拶ひとつでも、その積み重ねが大きな可能性につながっていく。

 学校までの道で、長男がおまわりさんと交わした挨拶は、彼の中学生活を豊かにするとともに、彼の未来をも豊かにしてくれると思う。心から感謝したい。(2003.03 RYO)